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認知機能は改善しなくても、死亡は少なくなった

コリンエステラーゼ阻害薬の冷酷なエビデンス

これまでコリンエステラーゼ阻害薬の認知機能改善効果は乏しく、副作用が多いとされてきました。ところが、2018年からコリンエステラーゼ阻害薬によって総死亡が少なくなる、との報告がみられています。2022年にはコリンエステラーゼ阻害薬によって総死亡が23%少なくなる、とのメタ分析が発表されました。

Summary Until now, cholinesterase inhibitors have been associated with poor cognitive improvement and many side effects. However, since 2018, cholinesterase inhibitors have been reported to reduce all-cause mortality, with a meta-analysis showing that by 2022, cholinesterase inhibitors will reduce all-cause mortality by 23%.

認知機能はあまり改善しないが害がある

認知症患者が認知症治療薬 コリンエステラーゼ阻害薬を服用しても、認知機能改善効果は小さいことがわかっています。

ドネペジルについては多数のランダム化比較試験が発表されています。代表的なメタ分析(Birks, 2018)をひとつ挙げておきます。

2018年のメタ分析では有害事象が1.59倍

アルツハイマー病患者がドネペジルを12週間以上服用すると、プラセボに比べて認知機能(ADAS-CogまたはMMSE)、ADL、QOLが改善するのか、有害事象が多いのか、などを検討したランダム化比較試験のメタ分析です。

30研究(対象者数8,257人)が採択され、結果を統合。

ドネペジル 10mg/日を 24-26週 投与した研究では、

  • ADAS-Cog(5研究, 1130人) 平均差 -2.67点(95%信頼区間 -2.02, 3.31)

  • MMSE(7研究, 1757人) 平均差 1.05点(95%信頼区間 0.73, 1.37)

といずれも認知機能改善傾向がみられたものの、臨床的に意義のある差はみられませんでした。

ADCS-ADL-severeスコア(3研究, 733人)では 平均差1.03点(95%信頼区間 0.21, 1.85)とわずかな差のみ。行動心理症状(4研究, 1,035人)、QOL(2研究, 815人)については統計学的有意差さえ認められませんでした。

有害事象(10研究, 2,500人)については、プラセボに比べてドネペジルで1.59倍(95%信頼区間 1.31, 1.95)多くなっていました。

アルツハイマー病患者がドネペジルを服用しても認知機能改善効果は小さく、7~17人に1人の副作用が発生するという、惨憺たる結果でした。

期待の画期的新薬は幻だった、ということになります。

認知機能は改善しないが死亡は少なくなる?

ところが同年、コリンエステラーゼ阻害薬に関する観察研究(Mueller, 2018)が発表されます。大規模データベースを活用したコホート研究です。

コホート研究では死亡が23%少ない

アルツハイマー病患者のうちコリンエステラーゼ阻害薬を処方されている人は、処方されていない人に比べて総死亡が少なくなるか、を検討した後ろ向きコホート研究です。

南ロンドンのメンタルヘルスケアの大規模データベースを活用し、交絡因子は傾向スコアを用いて調整されています。

傾向スコア

コホート研究ではランダム化比較試験に比べて患者背景に偏りが生じます。これを調整するために、既知の変数から治療可能性の確率を算出し、そのスコアが同じような集団同士で比較しようというマッチングの方法です。

既知の背景因子のみで調整されるため、ランダム化比較試験のように未知の背景因子までは揃えることができないことになり、限界はあります。しかし、観察研究のなかでは、より慎重に推定された結果になると思われます。

アルツハイマー病患者2,464人のうち、1,261人がコリンエステラーゼ阻害薬を処方されていました。

コリンエステラーゼ阻害薬を処方されている人は、
総死亡が43%少ない(ハザード比 0.57、95%信頼区間 0.51, 0.64)という結果でした。

この結果は交絡因子を調整しても、
総死亡が23%少ない(調整ハザード比 0.77、95%信頼区間 0.67, 0.87)という同様の結果となりました。

2018年のメタ分析でも死亡は少ない傾向だった

前述したランダム化比較試験のメタ分析(Birks, 2018)でも総死亡が検討されていました。

ドネペジル 10mg/日、24週間の使用で、
総死亡のオッズ比 0.74(95%信頼区間 0.46, 1.19)と少ない傾向がみられました。
重度の認知症に限定しても、
総死亡のオッズ比 0.71(95%信頼区間 0.41, 1.25)と少ない傾向がみられました。

これはコホート研究の結果とよく似ています。ただし、発生数が数人から数十人単位と少ないため結果にばらつきがみられるなど、十分な検討ができているとはいえませんでした。

系統的レビューでは死亡が23%少ない

2022年9月、認知症患者がコリンエステラーゼ阻害薬を服用すると、プラセボまたは治療なしに比べて総死亡が少なくなるのか、を検討した系統的レビュー・メタ分析(Truong, 2022)が発表されました。

24研究(79,153人、ランダム化比較試験 12、コホート研究 12)が採択されています。

総死亡については、対照群では 100人年当たり15.1 に発生。

コリンエステラーゼ阻害薬群では
粗死亡リスク比 0.74(95%信頼区間 0.66, 0.84)
調整ハザード比 0.77(95%信頼区間 0.70, 0.84)
総死亡が23%少ないという結果でした。

これはランダム化比較試験・非ランダム化比較試験いずれも同様の結果となっています。

二次アウトカムとして心血管死亡についても検討されています。総死亡に比べて研究数が少ないですが、

コリンエステラーゼ阻害薬群では
粗心血管死亡リスク比 0.61(95%信頼区間 0.40, 0.93)
調整ハザード比 0.47(95%信頼区間 0.32, 0.68)
心血管死亡が53%少ないという結果となっていました。

むしろ、こちらのほうが画期的な効果のように思えます。

総死亡や心血管死亡の低下がコリンエステラーゼ阻害薬そのものの薬理作用といえるのか、その他未知の要因が関与しているのか、まだ十分に解明されていません。

今後の検討が待たれます。

コリンエステラーゼ阻害薬のエビデンス

  • 認知機能改善については、臨床的に意義のある効果ではなかった

  • 有害事象は1.59倍多い、7~17人に1人副作用が発生する、との報告がある

  • 2018年のメタ分析・コホート研究では、総死亡が少なくなるとの報告がある

  • 2023年のメタ分析では、総死亡が23%少ない

参考文献

Birks JS, Harvey RJ. Donepezil for dementia due to Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Jun 18;6:CD001190. doi:10.1002/14651858.CD001190.pub3. Review. PubMed PMID: 29923184.

Mueller C, Perera G, Hayes RD, Shetty H, Stewart R. Associations of acetylcholinesterase inhibitor treatment with reduced mortality in Alzheimer's disease: a retrospective survival analysis. Age Ageing. 2018 Jan 1;47(1):88-94. doi: 10.1093/ageing/afx098. PubMed PMID: 28655175.

Truong C, Recto C, Lafont C, Canoui-Poitrine F, Belmin JB, Lafuente-Lafuente C. Effect of Cholinesterase Inhibitors on Mortality in Patients With Dementia: A Systematic Review of Randomized and Nonrandomized Trials. Neurology. 2022 Sep 12:10.1212/WNL.0000000000201161. doi: 10.1212/WNL.0000000000201161. Epub ahead of print. PMID: 36096687.

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■ 編集長
byc (bycomet) Editor, Director & Physician
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地域医療に携わる医師・編集長として、エビデンスに基づく医療の実践と情報発信をつづけています。

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あとがき

アリセプトの熱狂

アリセプト(一般名:塩酸ドネペジル)が発売されたのが1999年。認知症に対する治療薬がなかった当時、新薬を待ち望んだ人々と製薬企業の熱狂ぶりは、たいへん印象に残っています。

エーザイ株式会社のニュースリリースを引用します。

アルツハイマー型痴呆治療剤「アリセプト」を新発売  

 エーザイ株式会社(本社:東京都、社長:内藤晴夫)は、1日1回投与型の軽度及び中等度のアルツハイマー型痴呆治療剤「アリセプト」(一般名:塩酸ドネペジル)を11月24日に新発売いたします。本剤は「アリセプト錠3mg」「アリセプト錠5mg」の商品名で販売し、ファイザー製薬株式会社(本社:東京都、社長:アラン・ブーツ)と共同で適正使用情報の提供を行います。販売形態は、1ブランド1チャネル2プロモーションで、売上はエーザイ株式会社に計上されます。  

 アルツハイマー型痴呆は、主に初老期から老年期に発症し、認知機能低下、行動の変化、さらには言語障害や運動機能障害へと症状が進行する疾患です。  

 アリセプトは、記憶と学習に関与している神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)の働きを阻害することにより、脳内アセチルコリン濃度を高め、軽度及び中等度のアルツハイマー型痴呆における認知機能の低下をおさえ、痴呆症状の進行を抑制します。  

 アリセプトは、エーザイが独自に合成した全く新たなアセチルコリンエステラーゼ阻害剤で、日米欧三極で開発が進められてきました。米国では軽度、中等度のアルツハイマー型痴呆治療薬として販売が許可され、1997年1月より発売を開始しました。欧州では、1997年4月に英国、同年10月にドイツ、翌98年3月にフランスで発売を開始し、1999年9月末日現在で世界41カ国で販売されています。

当時、認知症はまだ「痴呆」と呼ばれていました。認知度が高まるにつれて「痴呆」という呼称は差別的で問題があるのではないか、という機運が高まり、病名まで変更されることになったのです。

新薬ができて診断が激増した

期待の新薬が大々的に宣伝され、製薬企業主導で認知症診断の講習会や一般市民の認知症啓発活動が、積極的に全国展開されていました。

アルツハイマー病と診断されることも少なく、医療機関でも「ぼけるのは年なんだからしょうがない」と言われることも多かった当時、製薬企業の啓発活動(とくに医師の意識改革)によって恩恵を受けた人がたくさんいたことは間違いありません。

しかし、こうした啓発活動が奏功したのか、同時にアルツハイマー病の診断が激増していきました。

従来はずっと数千人だったアルツハイマー病患者数が、1996年から一点して増加傾向となり2万人に。2014年の統計では53.4万人まで増加しています。1996年からの18年間において、アルツハイマー病が26.7倍増加したということになります。

この統計は、社会全体で認知症に対する意識が高まり、心配になった本人や家族が医療機関を受診するようになったことの表れでしょう。病気をなくすための薬には、病気の人をふやすという側面があるのです。

そして2011年、アリセプトは医療用医薬品の国内年間売上高で首位(1,442億円)となりました。

新薬ができ、宣伝が行われ、病気と診断され、薬が処方される。アリセプトを処方するために、アルツハイマー病と診断する、一体どこに問題があるのでしょうか?

それが正当化されるのは、その先に有効な治療法が確立されている、という条件があるからです。 

熱狂のあとに

当時は誰しも、アリセプトは認知症の特効薬だ、と期待したはずです。

前出のニュースリリースにも、

軽度及び中等度のアルツハイマー型痴呆における認知機能の低下をおさえ、痴呆症状の進行を抑制します。

とあります。発売当時は資料を用いながら「半年程度進行を遅らせます」と宣伝されていました。

しかし、実際どうだったのか。最近の研究によって、次々証明されています。

期待の新薬にはほとんど効果がなく、むしろ害があることが後世になって暴かれるとは。科学的根拠は大抵、後世になってから明らかになるものです。

大逆転の展開?

このような失望的な薬に、大逆転のチャンスが訪れました。

当初想定した認知機能は改善しなくても、総死亡・心血管死亡が少なくなるということですから。

まさしく認知症の人には画期的な薬となっている可能性があります。

これからの原因究明に期待したいところです。

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