最近の研究によると、認知症に対する音楽療法は認知機能を改善する可能性がありますが、その効果はわずかです。さらに、感情的安定、うつ、不安、行動障害などもわずかに改善する可能性があります。認知症に対しては、音楽療法士によらない音楽療法のほうが効果が大きくなる傾向がみられました。
Summary Recent studies have shown that music therapy for dementia may improve cognitive function, but only marginally. In addition, it may also marginally improve emotional stability, depression, anxiety, and behavioral disorders. For dementia, music therapy without a music therapist tended to be more effective.
音楽は認知症によい効果をもらたすのか?
この疑問を検証するため、これまで世界中で数多くの模研究が行われてきました。
これらの研究結果からわかったことはどんなことでしょうか。
2018年の研究
2018年、音楽療法の効果を検討した22研究の結果を統合したメタ分析(van der Steen, 2018)が発表されました。
認知症の施設居住者に音楽による治療的介入を行うと、音楽による治療なしまたは他の治療と比べて、以下のような症状が改善するのかを検討した、ランダム化比較試験の系統的レビュー・メタ分析です。
感情的安定(QOLやポジティブな感情、表情も含める)
気分障害やネガティブな感情:うつ
気分障害やネガティブな感情:不安
行動障害:攻撃性・激越
行動障害:全般
このほか、2次アウトカムとして社会的行動、認知機能、有害事象も検討されています。
22研究ではわずかな効果しかみられず
22研究が採択され、そのうち21研究(対象者 890人)の結果が統合されています。
結果は以下のとおり。
いずれの項目も標準化平均差で評価されていますが、せいぜい0.4程度の効果となっています。概して研究の質は低く、効果を結論付けることはできませんでした。
標準化平均差
標準化平均差は、2つのグループの平均値の違いを標準偏差で調整した指標です。
標準化平均差0.4は、平均の違いが標準偏差の0.4倍で、中等度の効果を示すものとされます。
偏差値に置き換えて考えると、平均の偏差値50に対して、4ポイント高い54と解釈できます。
さらに、これらは音楽による治療直後の評価についてですが、4週間以上の長期的な治療効果に限定すると、ほとんど差がみられなかったという結果となっています。
有害事象の報告はありませんでした。
音楽による治療とは
ところで、このメタ分析における「音楽による治療的介入」は、以下のように定義されています。本文から引用します。
We defined therapeutic music-based interventions as: therapy provided by a qualified music therapist, or interventions based on a therapeutic relationship and meeting at least two of the following criteria/indicators:
(a) therapeutic objective which may include communication, relationships, learning, expression, mobilisation and other relevant therapeutic objectives;
(b) music matches individual preferences;
(c) active participation of the people with dementia using musical instruments or singing;
(d) participants had a clinical indication for the intervention or were referred for the intervention by a clinician
【邦訳】
音楽による治療的介入とは、有資格の音楽療法士による治療、または治療的関係に基づく介入で、以下の基準/指標のうち少なくとも2つを満たすものと定義した:
(a) 治療目的には、コミュニケーション、人間関係、学習、表現、動員、その他の関連する治療目的が含まれる;
(b) 音楽が個人の嗜好に合っている;
(c)認知症の人が楽器や歌を使って積極的に参加している;
(d) 参加者が臨床的に介入の適応がある、または臨床医から介入のために紹介された。
認定された音楽療法士による治療だけではなく、上記4条件のうちの2つ以上を満たすもの、と定義されています。
治療者との関係性や直接会って実施されることに重きを置いた介入ということが条件となっていますが、1対1の個別介入だけではなく、グループの介入も含まれています。
音楽療法士は効果なし
それでは、音楽療法士による治療では効果が大きくなっていたのでしょうか。
この研究ではこの点も検討されていて、音楽療法士の研究のみに限定すると、ほとんどの項目でほぼ同等という結果となり、効果が消失していました。
唯一、不安についてはわずかな改善(標準化平均差 -0.19, 95%信頼区間 -0.52, 0.13, 6研究 242人)とありますが、有意差さえみられていません。
つまり、認知症に対しては、音楽療法士の介入では効果がみられなかった、という結論になります。
2022年の研究
2022年にも認知症に対する音楽療法の効果を検討したメタ分析(Ito, 2022)が発表されています。
軽度認知障害(MCI)または認知症患者に対して音楽による介入を行うと、介入を行わないのに比べて認知機能は改善するのか、を検討したランダム化比較試験の系統的レビュー・メタ分析です。
認知機能はわずかな改善しかみられず
19研究(対象者 1024人、平均年齢60~87歳)が採択され、結果が統合されています。
認知機能(10研究)については、標準平均差 0.35(95%信頼区間 0.10, 0.59)とわずかな改善がみられた程度でした。
音楽療法士では効果が小さい
さらに、認知機能については、音楽療法士による治療効果も分けて検討されています。
音楽療法士によらない音楽療法(8研究)のほうが、認知機能改善効果が大きくなってます。これは先行研究(van der Steen, 2018)の結果と一致する傾向です。
認知機能以外の効果
その他、エピソード記憶(Auditory Verbal Learning Test)、実行機能(Frontal Assessment Battery)についても、音楽療法でわずかな改善がみられていました。
全般的にはわずかとはいえ、認知症に対する音楽療法には肯定的な結果となっています。
家庭、デイサービス、グループホーム、老人ホーム等での高齢者に対して、認知機能向上を目的とした音楽の活用はもっと推奨されるべきでしょう。
認知症に対する音楽療法のエビデンス
認知症に対する音楽療法は認知機能をわずかに改善する可能性がある
感情的安定、うつ、不安、行動障害などもわずかに改善する可能性がある
認知症に対しては音楽療法士によらない音楽療法のほうが効果が大きい
参考文献
van der Steen JT, Smaling HJ, van der Wouden JC, Bruinsma MS, Scholten RJ, Vink AC. Music-based therapeutic interventions for people with dementia. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Jul 23;7:CD003477. doi: 10.1002/14651858.CD003477.pub4. Review. PubMed PMID: 30033623.
Ito E, Nouchi R, Dinet J, Cheng CH, Husebø BS. The Effect of Music-Based Intervention on General Cognitive and Executive Functions, and Episodic Memory in People with Mild Cognitive Impairment and Dementia: A Systematic Review and Meta-Analysis of Recent Randomized Controlled Trials. Healthcare (Basel). 2022 Aug 3;10(8):1462. doi: 10.3390/healthcare10081462. PMID: 36011119; PMCID: PMC9408548.
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あとがき
認知症に対する音楽療法はわずかな効果がありそうだ、ということまではわかってきました。
メタ分析(Ito, 2022)の結果、引用した図をご覧ください。
このメタ分析で採択された研究のうち、認知機能改善で最も大きな効果がみられた研究(Miyazaki 2020b)はどんな研究だったのでしょうか。気になったので確認してみました。
ドラム音楽療法
要介護度の高い老人ホーム入居者46人に対して、ドラミング・コミュニケーション・プログラム(週3回、30分間)を実施すると、実施なしと比べて認知機能は改善するかを検討した、ランダム化比較試験です。
認知機能はMini-Mental State Examination-Japanese(MMSE-J)とFrontal Assessment Battery(FAB)を用いて測定されています。
結果は脱落を除いた36人で検討されています。
MMSE-Jについては、介入群(平均 2.05点、SD=3.98点)、対照群(平均 -3.24点、SD=4.87点、F(1,34)=19.205、調整後p値=0.004、η2=0.36)と、介入群で有意な改善がみられました。
FABスコアについても、介入群(平均 2.36点、SD=3.35点)、対照群(平均 -0.35点、SD=2.15;F(1,34)=8.080、調整後p値=0.043、η2=0.19)と、介入群で有意な改善がみられました。
ドラムを活用した音楽療法で、運動に近い介入となっています。
先行研究でも、体を使うほうが認知機能改善効果が大きくなる傾向がみられていますので、ドラムもよさそうですね。
byc
参考文献
Miyazaki A, Okuyama T, Mori H, Sato K, Ichiki M, Nouchi R. Drum Communication Program Intervention in Older Adults With Cognitive Impairment and Dementia at Nursing Home: Preliminary Evidence From Pilot Randomized Controlled Trial. Front Aging Neurosci. 2020 Jul 2;12:142. doi: 10.3389/fnagi.2020.00142. PMID: 32714176; PMCID: PMC7343932.