認知症に音楽療法を行った研究では、認知機能に小さな改善がみられる可能性はありますが、結果にばらつきがみられます。身体活動を伴った能動的な音楽介入は、音楽鑑賞などの受動的な音楽介入に比べて、認知機能の改善度が大きい傾向があります。
Summary In studies on music therapy for dementia, there is potential for slight improvements in cognitive functions, though the results vary. Active music interventions that include physical activity tend to show greater improvements in cognitive functions compared to passive music interventions, such as listening to music.
認知症・軽度認知障害や健常の高齢者に対して音楽療法(音楽介入)を行うと、認知機能の悪化が防げるのでしょうか。
この課題に取り組んだ臨床研究は多数存在します。さらに、これら多くの研究を系統的レビューで検索し、複数の研究知見を統合したメタ分析の報告も多数あります。大きな関心を集めている領域と言えるでしょう。
最近の主な研究をピックアップしてご紹介します。
1⃣ 2016年のメタ分析では改善なし
2016年のメタ分析(Zhang, 2016)では、高齢の認知症患者が音楽療法を受けると、音楽のケアなしに比べて破壊的行動または認知機能が改善するのか、について検討されました。
このメタ分析にはランダム化比較試験に限定せず、あらゆる種類の比較研究 34研究(1,757人)の結果が含まれています。
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それぞれの研究は Physio-therapy Evidence Database (PEDro) scale score, Critical Appraisal Skills Program (CASP) scale score を用いて研究の質を独立して評価し、一定の基準以上のものが採用されています。
34研究のうち、16研究はランダム化比較試験、10研究は比較試験、8研究はランダム化比較試験のクロスオーバー試験です。
対象者の内訳は、7研究がアルツハイマー病、18研究が混合型認知症、9研究がその他の認知症です。すべての認知症を統合した結果が報告されています。
認知機能(14研究)については、標準化平均差は 0.20(95%信頼区間 -0.09, 0.49)とほぼ同等という結果でした。
音楽療法では認知機能が改善するまでには至っていないという結果でした。
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破壊的行動(26研究)については、標準化平均差は -0.42(95%信頼区間 -0.74, -0.11)と改善がみられました。
サブグループ解析では、認知症の型や介入方法、研究デザインなどで結果の差はみられませんでした。
2⃣ 2018年のメタ分析でも改善なし
2018年のランダム化比較試験の系統的レビュー・メタ分析(Fusar-Poli, 2018)では、認知症高齢者に音楽療法を行うと、認知機能は改善するのかを検討されました。
音楽療法全般では標準化平均差 0.13(95%信頼区間 -0.14, 0.39)と認知機能改善はみられませんでした。
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参加者: 認知症を診断された330名の高齢者
介入: 音楽療法(患者が音楽を聴くだけでなく、楽器演奏や歌唱などの能動的活動を含む)
比較: 標準的なケアまたは他の非音楽的介入との比較
アウトカム: 全体的な認知機能、複雑な注意、実行機能、学習と記憶、言語、知覚運動スキル
研究デザイン: 系統的レビューおよびメタアナリシス
結果:
音楽療法全般による認知機能の改善は統計的に有意ではなかった(全体的な認知に対する標準化平均差 [SMD] = 0.13, 95%信頼区間 [CI] -0.14 to 0.39, p = 0.36)。
能動的な音楽療法は全体的な認知において小規模ながら有意な改善を示した(SMD = 0.29, 95% CI 0.02 to 0.57, p = 0.04)。
結果まとめ:
音楽療法全般では認知症患者の認知機能に対する明確な改善効果は確認されなかった。
能動的な音楽療法は全体的な認知機能の改善に寄与する可能性が示された。
同様に、2018年のランダム化比較試験の系統的レビュー・メタ分析(van der Steen, 2018)では、認知症の施設居住者に音楽療法を行うと、音楽療法なしまたは他の治療と比べて、行動・心理症状が改善するのか、について検討されました。
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検討された主要評価項目は以下のとおり。
感情的安定(QOLやポジティブな感情、表情も含める)
気分障害やネガティブな感情:うつ
気分障害やネガティブな感情:不安
行動障害:攻撃性・激越
行動障害:全般
副次評価項目として、社会的行動、認知機能、有害事象も検討されています。
ここでは認知機能は副次評価項目となっています。
採択された22研究のうち21研究(対象者 890人)の結果が統合されています。
認知機能についてはほぼ同等という結果でした。
▼さらに詳しく(標準化平均差とは)
いずれの項目も標準化平均差で評価されていますが、せいぜい0.4程度の効果となっています。概して研究の質は低く、効果を結論付けることはできませんでした。
標準化平均差
標準化平均差は、2つのグループの平均値の違いを標準偏差で調整した指標です。
標準化平均差0.4は、平均の違いが標準偏差の0.4倍で、中等度の効果を示すものとされます。
偏差値に置き換えて考えると、平均の偏差値50に対して、4ポイント高い54と解釈できます。
さらに、これらは音楽による治療直後の評価についてですが、4週間以上の長期的な治療効果に限定すると、ほとんど差がみられなかったという結果となっています。
有害事象の報告はありませんでした。
▼音楽による治療的介入(定義)
このメタ分析における「音楽による治療的介入」は、以下のように定義されています。本文から引用します。
We defined therapeutic music-based interventions as: therapy provided by a qualified music therapist, or interventions based on a therapeutic relationship and meeting at least two of the following criteria/indicators:
(a) therapeutic objective which may include communication, relationships, learning, expression, mobilisation and other relevant therapeutic objectives;
(b) music matches individual preferences;
(c) active participation of the people with dementia using musical instruments or singing;
(d) participants had a clinical indication for the intervention or were referred for the intervention by a clinician
【訳】
音楽による治療的介入とは、有資格の音楽療法士による治療、または治療的関係に基づく介入で、以下の基準/指標のうち少なくとも2つを満たすものと定義した:
(a) 治療目的には、コミュニケーション、人間関係、学習、表現、動員、その他の関連する治療目的が含まれる;
(b) 音楽が個人の嗜好に合っている;
(c)認知症の人が楽器や歌を使って積極的に参加している;
(d) 参加者が臨床的に介入の適応がある、または臨床医から介入のために紹介された。
認定された音楽療法士による治療だけではなく、上記4条件のうちの2つ以上を満たすもの、と定義されています。
治療者との関係性や直接会って実施されることに重きを置いた介入ということが条件となっていますが、1対1の個別介入だけではなく、グループの介入も含まれています。
さらに、音楽療法のうち音楽療法士が関与した研究のみの分析では、ほとんどの項目で音楽療法の効果が消失するという結果となっています。認知症に対しては、音楽療法士の介入の効果が小さくなる傾向があるのかもしれません。
3⃣ 2022年の系統的レビューではわずかな改善
認知症に対する芸術・文化的介入を検討した系統的レビュー(Letrondo, 2022)によると、音楽介入については5つのランダム化比較試験が検討されており、認知機能改善はみられませんでした。
認知症に対するパーソンセンタードケアを検討したメタ分析(Lee, 2022)によると、音楽療法については認知機能に対する効果は小さい、という結果でした。
▼引用(Lee, 2022)
For music therapy, the immediate effects on BPSD (SMD = −0.33, 95% CI: = −0.48 to −0.18) and cognitive function (SMD = 0.35, 95% CI: 0.01–0.69) were small.
軽度認知障害(MCI)または認知症患者に対して音楽による介入を行うと、介入を行わないのに比べて認知機能は改善するのか、を検討したランダム化比較試験の系統的レビュー・メタ分析(Ito, 2022)によると、認知機能(10研究)については、標準平均差 0.35(95%信頼区間 0.10, 0.59)とわずかな改善がみられました。
▼さらに詳しく(Ito, 2022)
19研究(対象者 1024人、平均年齢60~87歳)が採択され、結果が統合されています。
認知機能(10研究)については、標準平均差 0.35(95%信頼区間 0.10, 0.59)とわずかな改善がみられた程度でした。
さらに、音楽療法士による治療効果も分けて検討されています。音楽療法士によらない音楽療法(8研究)のほうが、大きな認知機能改善効果がみられています。
▼さらに詳しく(Ito, 2022)
音楽療法士によらない音楽療法(8研究)のほうが、認知機能改善効果が大きくなってます。
これは先行研究(van der Steen, 2018)の結果と一致する傾向です。
4⃣ 身体活動を伴う能動的な音楽介入に効果がある
このメタ分析(Ito, 2022)で採択された研究のうち、認知機能で最も大きな効果がみられた研究(Miyazaki 2020)は日本人のドラム音楽療法でした。
▼さらに詳しく(Miyazaki 2020)
要介護度の高い老人ホーム入居者46人に対して、ドラミング・コミュニケーション・プログラム(週3回、30分間)を実施すると、実施なしと比べて認知機能は改善するかを検討した、ランダム化比較試験です。
認知機能はMini-Mental State Examination-Japanese(MMSE-J)とFrontal Assessment Battery(FAB)を用いて測定されています。
結果は脱落を除いた36人で検討されています。
MMSE-Jについては、介入群(平均 2.05点、SD=3.98点)、対照群(平均 -3.24点、SD=4.87点、F(1,34)=19.205、調整後p値=0.004、η2=0.36)と、介入群で有意な改善がみられました。
FABスコアについても、介入群(平均 2.36点、SD=3.35点)、対照群(平均 -0.35点、SD=2.15;F(1,34)=8.080、調整後p値=0.043、η2=0.19)と、介入群で有意な改善がみられました。
ドラムを活用した音楽療法で、運動に近い介入となっています。
能動的な音楽介入の効果を示した報告が複数あります。
前述した系統的レビュー・メタ分析(Fusar-Poli, 2018)では、能動的な音楽療法は全体的な認知機能の改善に寄与する可能性が示されています。
▼さらに詳しく(Fusar-Poli, 2018)
能動的な音楽療法は全体的な認知において小規模ながら有意な改善を示した.(SMD = 0.29, 95% CI 0.02 to 0.57, p = 0.04)
アクティブな音楽作りに参加することで小さな認知機能改善効果がみられたとするメタ分析(Dorris, 2021)もあります。
▼引用(Dorris, 2021)
Music showed a small, positive effect on cognitive functioning; the combined standard mean difference for the experimental and control group was 0.30 (95% confidence interval [CI] 0.10, 0.51).
即興練習などの音楽トレーニングによって高齢者の抑うつ・認知機能が改善したランダム化比較試験(Biasutti, 2021)の報告もあります。
アルツハイマー病患者に能動的な音楽介入または受動的な音楽介入を行うと、標準ケアまたは音楽以外の介入に比べて認知機能が改善するかを検討した系統的レビュー(Bleibel, 2023)でも、受動的な音楽介入に比べて能動的な音楽介入のほうが大きな効果がみられています。
▼さらに詳しく(Bleibel, 2023)
参加者: 合計689名のアルツハイマー病患者(平均年齢60.47~87.1歳)
介入: 音楽療法(能動的音楽介入および受動的音楽介入)
比較: 標準ケアまたは音楽以外の介入
アウトカム: グローバル認知、記憶、言語、情報処理速度、言語性流暢性、注意力
研究デザイン: ランダム化比較試験の系統的レビュー
結果:
音楽療法を受けたグループは、標準ケアまたは音楽以外の介入を受けたグループと比較して、認知機能の改善が認められた。
能動的音楽介入を行った場合の認知機能改善が受動的介入よりも大きかった。
音楽療法の効果は患者の参加形式や使用される音楽の種類によって異なる可能性がある。
結果まとめ:
アウトカム | アクティブ音楽介入 | 受動的音楽介入 | 標準ケア |
---|---|---|---|
認知機能 | 大幅改善 | 改善 | 少ない改善 |
注意力 | 改善 | 少し改善 | 改善なし |
言語能力 | 改善 | 改善 | 改善なし |
以下の表には、認知機能に対する音楽療法の影響を評価した個々のランダム化比較試験(RCT)の研究結果がまとめられています。
研究者 | 参加者数 | 平均年齢 | 介入の種類 | コントロールグループ | 主要な認知アウトカム | 結果の統計的指標 |
---|---|---|---|---|---|---|
Sakamoto et al. | 39 | 79.25 | アクティブ&受動的音楽療法 | 標準ケア | 感情状態(Faces Scale)、行動症状(BEHAVE-AD) | p < 0.01, p < 0.025 |
Narme et al. | 48 | 87.1 | アクティブ&受動的音楽療法 | 料理セッション | 認知機能(Severe Impairment Battery) | p = 0.2 |
Gómez Gallego | 42 | 77.5 | アクティブ&受動的音楽療法 | 標準ケア | 全般認知機能(MMSE) | p < 0.001 |
Pongan et al. | 59 | 78.8 | アクティブ音楽療法 | 絵画セッション | 言語性記憶(Free and Cued Recall Test)、情報処理速度 | p = 0.001 |
Lyu et al. | 298 | 69.7 | アクティブ音楽療法 | 標準ケア | 語彙流暢性、記憶(WHO-UCLA AVLT)、言語機能 | p < 0.05 |
Wang et al. | 60 | 69.8 | 受動的音楽療法 | 標準ケア | 全般認知機能(MMSE, MoCA) | p = 0.003, p = 0.000 |
Innes et al. | 53 | 60.47 | 受動的音楽療法 | メディテーションプログラム | 記憶機能(Memory Functioning Questionnaire) | p < 0.007 |
Gómez‑Gallego | 90 | 80.87 | アクティブ&受動的音楽療法 | 自然ビデオ視聴 | 全般認知機能(MMSE) | p < 0.001 |
能動的な音楽介入の効果を検討したランダム化比較試験のメタ分析(Bugos, 2023)でも、ランダム化比較試験9研究について、能動的な音楽介入を受けた人は対照群に比べてMini-Mental State Examのスコアが有意に高いことが示されました。
これらの研究からは、受動的に音楽を鑑賞するだけではなく、身体活動を伴った能動的な音楽介入によって大きな効果が得られる可能性が示唆されます。
認知症に対する音楽療法のエビデンス
認知症に音楽療法を行った研究では、認知機能が改善しなかった研究と小さな改善がみられた研究がある
身体活動を伴った能動的な音楽介入は、音楽鑑賞などの受動的な音楽介入に比べて、認知機能の改善度が大きい傾向がある
参考文献
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byc (bycomet) Editor, Director & Physician
2007年からブログやツイッターで活動を開始。ウェブマガジン「地域医療ジャーナル」(2015-2023年、有料会員数10,886人月)、オンラインコミュニティ「地域医療編集室」(2018-2022年、累積登録40人)を編集長として運営。2022年にはオンラインプラットフォーム「小さな医療」(登録会員数120人)を運営。
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