日本国内で薬事承認・使用開始されたアルツハイマー病に対するレカネマブの臨床研究によると、プラセボとの比較で認知機能の差は臨床的に有意な最小変化量より小さく、脱落も多くみられ、効果は小さい可能性があります。また、脳浮腫や脳出血など重篤な有害事象の報告がある、臨床試験のプロセスに不透明な部分がある、などの懸念材料もあります。
Summary According to clinical studies of lecanemab for Alzheimer's disease, which has been approved and used in Japan, the difference in cognitive function compared to placebo was smaller than the minimal clinically significant change, and there were many dropouts, so the effect may be small. There are also concerns about reports of serious adverse events such as cerebral edema and cerebral hemorrhage, and the lack of transparency in the clinical trial process.
薬事承認されたレカネマブの懸念材料
厚生労働省の専門部会は2023年8月21日、エーザイとバイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬レカネマブの薬事承認を了承しました。この薬事承認の根拠のひとつとなった第3相試験(Clarity AD)(van Dyck, 2023) も同年発表されています。
レカネマブに臨床的効果ありとの判断は疑問
PETまたは脳脊髄液検査でアミロイドが認められた50~90歳のアルツハイマー病(軽度認知障害または軽度認知症)患者を対象に、レカネマブを18ヶ月間静脈内投与(体重1kgあたり10mgを2週間ごとに投与)すると、プラセボに比べてCDR-SB(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes、0~18点、スコアが高いほど重度)などの認知機能指標のベースラインからの変化が改善するかを検討したランダム化比較試験です。
対象は1795人。レカネマブ投与群898人、プラセボ投与群897人が割り付けられ、解析されたのはそれぞれ729人(81.2%) 、757人(84.4%) と多くの脱落がみられています。18ヵ月後でのベースラインからの変化量の最小二乗平均はレカネマブ群で1.21、プラセボ群で1.66、両群の差は -0.45(95%信頼区間 -0.67, -0.23)と僅差でした。
CDR-SBの臨床的に有意な最小変化量(minimal clinically important difference; MCID)には少なくとも1点以上が必要とされていること(詳細は後述する)、脱落率を考慮するとさらに効果が小さかった懸念があることなど、本研究における1次アウトカムの結果をもってレカネマブに臨床的効果ありと判断するには議論の余地があります。
臨床的に有意な最小変化量ーCDR-SBは1点以上の差が必要
認知症の臨床試験で一般的に用いられている認知機能評価について、個々の患者にとって臨床的に意義のあるスコア変化閾値がどれほどかについてのコンセンサスはいまだ得られていないのが現状です。
Lansdallらは軽度認知障害患者において、各種評価スケールの患者内変化閾値を臨床試験の後方視的分析から推定して報告しています(Lansdall, 2023)。
12か月時点での最小~中等度悪化の閾値は、
CDR-SB(0~18点) 1~2.5点
ADAS-Cog 11(0~70点) 2~5点
ADAS-Cog 13(0~85点) 2~5点
が個人の適切な閾値であると考えられます。
MMSE(0~30点) 2~7点(36か月時点)
観察期間が長くなると、さらに慎重な判断が必要となるとされています。
薬物療法による認知機能改善効果は、臨床的な最小閾値を目安にして判断すべきと考えられています。
懸念される有害事象
重篤な有害事象はレカネマブ群14.0%、プラセボ群11.3%に発現。輸液関連反応(レカネマブ群26.4%、プラセボ群7.4%)、脳浮腫を伴うアミロイド関連画像異常(ARIA-E、レカネマブ群12.6%、プラセボ群1.7%)、脳微小出血・脳出血・ヘモジデリン沈着を伴うアミロイド関連画像異常(ARIA-H、レカネマブ群17.3%、プラセボ群9.0%)などについてはレカネマブ群で多く報告されており、安全性についても懸念材料となるでしょう。
敗者復活の不透明さ
レカネマブの第2b相試験(Swanson CJ, 2021)は、プロトコール(Satlin, 2016)で事前に設定された52週までの有効性評価では1次アウトカムの有益性を証明できなかったものの、事前に設定されていなかった18か月時点でのベイジアン解析によって有益性を証明しており 、臨床試験のプロセスの不透明さも象徴的です。
このような臨床効果の小ささと安全性の側面から、薬事承認に至った経緯には疑問を感じざるを得ません。
アルツハイマー病に対するレカネマブのエビデンス
プラセボとの比較で認知機能(CDR-SB)の差は臨床的に有意な最小変化量より小さい
脱落が多くみられ、効果はさらに小さい可能性がある
脳浮腫や脳出血など重篤な有害事象の報告がある
臨床試験のプロセスに不透明な部分がある
参考文献
van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, Bateman RJ, Chen C, Gee M, Kanekiyo M, Li D, Reyderman L, Cohen S, Froelich L, Katayama S, Sabbagh M, Vellas B, Watson D, Dhadda S, Irizarry M, Kramer LD, Iwatsubo T. Lecanemab in Early Alzheimer's Disease. N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21. doi: 10.1056/NEJMoa2212948. Epub 2022 Nov 29. PMID: 36449413.
Lansdall CJ, McDougall F, Butler LM, Delmar P, Pross N, Qin S, McLeod L, Zhou X, Kerchner GA, Doody RS. Establishing Clinically Meaningful Change on Outcome Assessments Frequently Used in Trials of Mild Cognitive Impairment Due to Alzheimer's Disease. J Prev Alzheimers Dis. 2023;10(1):9-18. doi: 10.14283/jpad.2022.102. PMID: 36641605.
Swanson CJ, Zhang Y, Dhadda S, Wang J, Kaplow J, Lai RYK, Lannfelt L, Bradley H, Rabe M, Koyama A, Reyderman L, Berry DA, Berry S, Gordon R, Kramer LD, Cummings JL. A randomized, double-blind, phase 2b proof-of-concept clinical trial in early Alzheimer's disease with lecanemab, an anti-Aβ protofibril antibody. Alzheimers Res Ther. 2021 Apr 17;13(1):80. doi: 10.1186/s13195-021-00813-8. Erratum in: Alzheimers Res Ther. 2022 May 21;14(1):70. PMID: 33865446; PMCID: PMC8053280.
Satlin A, Wang J, Logovinsky V, Berry S, Swanson C, Dhadda S, Berry DA. Design of a Bayesian adaptive phase 2 proof-of-concept trial for BAN2401, a putative disease-modifying monoclonal antibody for the treatment of Alzheimer's disease. Alzheimers Dement (NY). 2016 Feb 4;2(1):1-12. doi: 10.1016/j.trci.2016.01.001. PMID: 29067290; PMCID: PMC5644271.
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■ 編集長
byc (bycomet) Editor, Director & Physician
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