マグネシウム製剤の下剤によって高齢者の死亡リスクを高めている、との報告があります。
高齢者は腎機能が正常であっても使用を避けるか、使用する場合には血清マグネシウム濃度を定期的に測定し、高マグネシウム血症がみられたら減量・中止を検討すべきでしょう。
Summary There have been reports that laxatives made of magnesium compounds are increasing the risk of death in the elderly. Even if their renal function is normal, elderly individuals should avoid using them or, if they choose to use them, they should regularly measure their serum magnesium levels. If hypermagnesemia is observed, they should consider reducing the dosage or discontinuing use.
便秘は高齢者によくみられる健康問題のひとつです。
その対処方法は経験的なもので、あまり標準化されていないように感じます。
例えば、浣腸の効果や害については、いかがなものでしょうか? あまりよく知らずに処方されているように感じます。
さて今回は、下剤のうちで頻用されているマグネシウム製剤、特にその弊害について確認しておきたいと思います。
海外ではマグネシウムは推奨されていない
海外のガイドラインや二次情報源を確認すると、国内の処方状況とかけ離れていることがわかります。
例えばこちら。高齢者の便秘に関するレビューです。
高齢者の便秘治療における様々な方法:
便秘のある高齢者に対する治療法として、生活スタイルの変更、流動食の増加、食物繊維の摂取などが初期治療として推奨されています。 さらに繊維質の摂取、ポリエチレングリコールなどの浸透圧性下剤、スツールソフトナー(例えばドクサテナトリウム)、そして刺激性下剤が段階的に使用されます。
研究では、長期的なマグネシウムベースの下剤の使用は潜在的な毒性のため避けるべきであると指摘しています(Mounsey et al., 2015)。
Management of Constipation in Older Adults.
薬剤ではポリエチレングリコールなどの浸透圧性下剤が推奨され、マグネシウム製剤は避けるべき、との記載となっています。
国内の現状とは違いますね。
薬価の問題があるものの、ポリエチレングリコールは第一選択薬として考慮できると思います。
ポリエチレングリコール製剤
2018年に発売された「モビコール」は、慢性便秘症に対して使用可能な国内初のポリエチレングリコール製剤です。小児(2歳以上)および成人において、使用可能です。
マグネシウムが推奨されない理由
マグネシウム製剤の乱用によって、死亡報告や死亡リスクを高めているとの報告があります。
PMDAの注意喚起
2015年12月、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は死亡例の報告・注意喚起を行っています。
酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症については,平成20年9月に,漫然と長期投与されていたと考えられる症例及び高マグネシウム血症による症状と気づかないまま重篤な転帰に至った症例が認められたことから,使用上の注意を改訂し,「重大な副作用」の項に高マグネシウム血症の初期症状に注意する旨,「重要な基本的注意」の項に長期投与する場合には定期的に血清マグネシウム濃度を測定する旨の注意喚起を図ってきました。
今般,その後の報告状況を整理・調査した結果,未だ重篤な症例が報告されており,「高マグネシウム血症」について更なる注意喚起を図る必要があることから,関係企業に対し,平成27年10月20日に使用上の注意の改訂指示を行ったので,その安全対策の内容等について紹介します。
酸化マグネシウムが漫然と長期投与されて重篤な転帰となった症例から、2008年に注意喚起され、さらに重篤な症例が報告されたことから、2015年にも使用上の注意改訂がなされています。
酸化マグネシウムについては,昭和25年から便秘症や制酸剤などとして広く使用されており,関連企業による平成25年の推定使用患者数は約1,000万人です。
酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症は,平成24年4月から平成27年6月までに29例(うち死亡4例)報告され,このうち19例(うち死亡1例)は酸化マグネシウムの服用と因果関係が否定できない症例でした。
これらの症例について,専門家による検討を行った結果,高齢者(65歳以上)や便秘症の患者が多く,腎機能が正常な場合や通常用量以下の投与であっても重篤な転帰をたどる例が認められました(次頁表参照)。また,その多くは意識消失等の重篤な症状があらわれるまで高マグネシウム血症の発症に気づかれていませんでした。これらを踏まえ,関連企業に対し,添付文書の使用上の注意の「重要な基本的注意」の項の高マグネシウム血症に関する注意喚起に,必要最小限の使用にとどめること,長期投与に加え,高齢者へ投与する場合には定期的に血清マグネシウム濃度を測定するなど特に注意すること,初期症状があらわれた場合には,服用を中止し,直ちに受診するよう患者に指導することを追記するとともに,「慎重投与」の項に高齢者を追記し,「高齢者への投与」の項に高齢者での高マグネシウム血症に関する注意喚起を追記するよう指示を行いました。
約1,000万人の患者に使用されていながら、副作用の発現に気づかない、定期的に血清マグネシウム測定がなされていない、など医療者側の課題が指摘されています。
死亡例は40歳代で 酸化マグネシウム(330mg) 6錠 分3 で処方されており、1日1,980mgでした。
医療関係者におかれては,以下の点について更なる注意をお願いいたします。
・酸化マグネシウムの使用は必要最小限にとどめること。
・長期投与又は高齢者へ投与する場合には,定期的に血清マグネシウム濃度を測定するなど高マグネシウム血症の発症に十分注意すること。
・高マグネシウム血症の初期症状(嘔吐,徐脈,筋力低下,傾眠等)が認められた場合には,服用を中止し,医療機関を受診するよう患者に指導すること。
ぼくは、下剤はなるべく他剤へ変更、長期使用する場合には定期的に血清マグネシウム濃度を測定、症状がみられた場合には高マグネシウム血症を鑑別に入れる、といった配慮をするようになりました。
下剤による高マグネシウム血症が死亡リスクを高めるとの報告は多数あります。
心不全による入院高齢者の死亡リスク
心臓リハビリテーション病棟にうっ血性心不全で入院した65歳以上の高齢者について、高マグネシウム血症があると死亡が多くなるかを検討した観察研究(Corbi, 2008)によると、高マグネシウム血症は29.1%に認められ、正常マグネシウム血症に比べて心不全死亡率が高く(48.3% vs 32.6, p<0.05)、マグネシウム低値の患者に比べて3年生存率が低い(17.32±15.93ヵ月 vs 22.46±16.16ヵ月, p<0.05)と報告されています。
特に高齢のうっ血性心不全は予後不良であり、腎不全の既往がない場合にもマグネシウムは考慮されるべき、と指摘されています。
全入院患者の死亡リスク
ミネソタ州ロチェスターのメイヨークリニックに入院した全患者(288,120例)について、血清マグネシウム値が高いと入院死亡が多くなるのか、を検討した観察研究(Cheungpasitporn, 2015)が発表されています。
結果の部分から入院死亡率に関する定量的な情報をまとめると、以下のようになります。
マグネシウムが2.1 mg/dL以上の患者は20,777人(31.5%)、1.7 mg/dL未満の患者は13,320人(20.2%)。
マグネシウムが1.7-1.89 mg/dLでは入院死亡率は1.8%(255人)と最低。さらにマグネシウムが低下すると死亡率が増加し、2.3 mg/dL以上の高マグネシウム血症の患者では、死亡率が4.3%(341人)と最も高い。
マグネシウムが2.3 mg/dL以上の場合、入院死亡のオッズ比(OR)は2.51(95%信頼区間:2.13-2.96)。年齢、性別、推定糸球体濾過率(eGFR)、Charlsonスコア、および主要診断を調整したモデルではORが1.86(95%信頼区間:1.56-2.21)。
これらの結果は、入院患者における高マグネシウム血症は不良な転帰と強く関連しているといえます。
ER患者の死亡リスク
救急室を受診した重症患者(22,239名)について、高マグネシウム血症があると入院死亡が多くなるのかを検討したスイスの横断研究(Haider, 2015)が発表されています。
結果の概要は下記のとおりです。
高マグネシウム血症患者(n=151)の36.9%が死亡。
多変量コックス回帰モデルで、高マグネシウム血症は死亡 ハザード比 11.6 (95%信頼区間 7.3-18.5, p < 0.001) と強い独立リスク因子であることが示されました。
利尿剤治療はハザード比 0.5 (95%信頼区間 0.3-0.8, p = 0.007)と高マグネシウム血症患者においては保護的でした。
低マグネシウム血症患者(n=352)の6.3%が死亡しましたが、低マグネシウム血症は死亡と関連しないことが示されました(p > 0.05)。
高マグネシウム血症は重症患者における死亡リスクを著しく高める独立因子であり、利尿剤治療が高マグネシウム血症患者の死亡リスクを減少させる可能性があることを示唆しています。
高マグネシウム血症のエビデンス
国内ではマグネシウム製剤による死亡・重篤な副作用の報告があり、注意喚起されている。
心不全患者の高マグネシウム血症では、心不全死亡が多く、3年生存率が低くなるとの観察研究がある。
入院患者の高マグネシウム血症では、入院死亡が1.86倍多くなるなるとの報告がある。
ER受診患者の高マグネシウム血症では、死亡が11.6倍多くなるとの報告がある。
もうマグネシウムは処方したくない
こうした情報を確認すると、便秘のために酸化マグネシウムを処方することが怖くなります。
死亡リスクを上回るメリットが、何かあるのでしょうか。もうマグネシウムは処方したくない、というのが本音です。
これまでの基本方針には変更ありません。なかなか伝わらないんですよね。
小さな医療
マグネシウム製剤はなるべく使用しない、他剤へ変更する
使用する場合には、定期的に血清マグネシウム濃度を測定する
症状がみられた場合には、高マグネシウム血症を鑑別に入れる
参考文献
Mounsey A, Raleigh M, Wilson A. Management of Constipation in Older Adults. Am Fam Physician. 2015 Sep 15;92(6):500-4. PMID: 26371734.
厚生労働省医薬・生活衛生局. 医薬品・医療機器等安全性情報 No.328 2015年12月
Corbi G, Acanfora D, Iannuzzi GL, Longobardi G, Cacciatore F, Furgi G, Filippelli A, Rengo G, Leosco D, Ferrara N. Hypermagnesemia predicts mortality in elderly with congestive heart disease: relationship with laxative and antacid use. Rejuvenation Res. 2008 Feb;11(1):129-38. doi: 10.1089/rej.2007.0583. PMID: 18279030.
Cheungpasitporn W, Thongprayoon C, Qian Q. Dysmagnesemia in Hospitalized Patients: Prevalence and Prognostic Importance. Mayo Clin Proc. 2015 Aug;90(8):1001-10. doi: 10.1016/j.mayocp.2015.04.023. PMID: 26250725.
Haider DG, Lindner G, Ahmad SS, Sauter T, Wolzt M, Leichtle AB, Fiedler GM, Exadaktylos AK, Fuhrmann V. Hypermagnesemia is a strong independent risk factor for mortality in critically ill patients: results from a cross-sectional study. Eur J Intern Med. 2015 Sep;26(7):504-7. doi: 10.1016/j.ejim.2015.05.013. Epub 2015 Jun 3. PMID: 26049918.
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■ 編集長
byc (bycomet) Editor, Director & Physician
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地域医療に携わる医師・編集長として、エビデンスに基づく医療の実践と情報発信をつづけています。
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あとがき
ぼくは、下剤はなるべく他剤へ変更、長期使用する場合には定期的に血清マグネシウム濃度を測定、症状がみられた場合には高マグネシウム血症を鑑別に入れる、といった配慮をするようになりました。
他院での診療内容を見る限り、このような診療をほとんど見かけません。
酸化マグネシウムが高用量で処方されていたり、血液検査結果には血清マグネシウム濃度を測定する医療機関はほとんど見かけません。
高齢者施設では、酸化マグネシウム(カマ、酸カマなどの略称が使われます)が頻用されてしまっていて、他剤への変更には抵抗されることがあります。
まあ、そんなものでしょう。
経験上、高齢者は1日660mgまでが上限。これを超えれば、血清マグネシウム濃度は基準値を超えています。
高齢者に660mgを超えて処方されている、酸化マグネシウムを処方されているのに定期的な血清マグネシウム測定もしていない場合には、診療の質は低いとほぼ判断できます。
下剤の使い方は診療レベルを見極めるのに有用かもしれません。
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