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サルコペニアのエビデンス―リスクを自然現象の過程としてとらえる

小さな医療への挑戦 -3-

サルコペニアまたは骨格筋量が少ない人は、総死亡リスクが36~100%多くなることが最近の観察研究からわかってきています。しかし、この予防策はまだ確立されていません。
サルコペニアを健康問題ではなく、廃用・老化・自然現象の過程としてとらえておくべきでしょう。

Summary Recent observational studies have shown that people with sarcopenia or low skeletal muscle mass have a 36~100% increased risk of total mortality. However, measures to prevent this have not yet been established. Sarcopenia should not be seen as a health problem, but as a process of disuse, ageing and natural phenomenon.

サルコペニアとは?

サルコペニアとは、骨格筋の筋肉量や筋力が低下し、身体機能が低下すること。年齢に伴って自然に筋肉量や筋力の低下は起こるものですから、サルコペニアは高齢者に多くみられます。また、運動不足や栄養不足が原因となることもあります。

サルコペニアが健康に大きく影響しているのではないか、と最近注目されるようになってきました。

代表的な研究をいくつか挙げてみましょう。

サルコペニアで死亡リスク高まる

サルコペニアのエビデンス(死亡リスク)

  • サルコペニアまたは骨格筋量が少ない人は、総死亡リスクが36~100%多くなる

  • 体重が重くなるにつれて、骨格筋量が少なさの影響を受けやすい

  • 心血管疾患、がん、呼吸器疾患いずれも多くなる傾向が認められた

4.2万人のデータから

2022年、サルコペニアと総死亡の関係を検証した系統的レビュー・メタ分析(Xu, 2022)が発表されました。

18歳以上のコホート研究を対象に検索され、系統的レビューには57件、メタ解析には56件が採択されました。
参加者数42,108人、平均年齢49.4歳、女性40.3%。

サルコペニアの人は総死亡のハザード比 2.00(95%信頼区間 1.71, 2.34)と100%多くなっていることが指摘されました。

8万人のデータから

2023年6月、骨格筋量指数(SMI)が低いと総死亡リスクが高まるのかを検証した系統的レビュー・メタ分析(Wang, 2023)が発表されました。

一般集団における骨格筋量指数と死亡率との関連を評価した前向きコホート研究を対象に検索され、16件の研究が採択されました。平均年齢43.9~93.5歳の合計81,358人を3~14.4年追跡されています。

結果の概要は以下のとおり。

SMIが低い(骨格筋量が少ない)人は正常の人に比べて、総死亡の相対危険は 1.57(95%信頼区間 1.25, 1.96)と57%多かった

Figure by Wang Y, used under CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

つまり、骨格筋量が少ない人は死亡リスクが高くなる、ということになります。

研究間の結果のばらつきは体格指数(BMI)による影響と考えられ、サブグループ解析されています。

SMIが低い(骨格筋量が少ない)人の総死亡の相対危険をBMIのサブグループごとに分けて分析した結果は以下のとおり。

BMI 18.5~25 相対危険 1.34(95%信頼区間 1.24, 1.45)
BMI 25~30 相対危険 1.91(95%信頼区間 1.16, 3.15)
BMI 30以上 相対危険 2.58(95%信頼区間 1.20, 5.54)

BMIが高い(肥満)人のほうが、低SMI(骨格筋量が少ない)の死亡リスクが高くなっていました。

つまり、体重が重くなるにつれて、骨格筋量の少なさの影響を受けやすくなる、ということになります。

87万人のデータから

2023年8月、筋肉量が減少すると総死亡リスクが高まるのかを検証した系統的レビュー・メタ分析(Zhou, 2023)が発表されました。

一般集団における筋肉量減少と総死亡リスクを評価した前向きコホート研究を対象に検索され、49件の研究が組み入れられました。

加齢や基礎疾患による筋肉量の減少であれば、機能の低下や脂肪組織の消耗の有無は問いません。どのような定義基準・重症度の研究であっても、筋肉量減少を報告した研究はすべて対象となっています。

メタ分析ではランダム効果モデルを用いて、筋肉量の最低カテゴリーと正常カテゴリーの相対危険(RR)が算出されています。
38.7~93.5歳(中央値 73.5歳)の成人、合計878,349人を2.5~32年間追跡されています。

結果の概要は以下のとおり。

筋肉量減少している人は正常に比べて、総死亡の相対危険は 1.36(95%信頼区間 1.28, 1.44、I2 = 94.9%、49研究)と36%多くなっていました。

Table by Zhou HH, used under CC BY-NC 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/

さらに、原因疾患別死亡についても、

・心血管疾患死亡 29%多い(RR=1.29, 95%信頼区間 1.05, 1.58)
がん死亡 14%多い(R=1.14, 95%信頼区間 1.02, 1.27)
呼吸器疾患死亡 36%多い(RR=1.36, 95%信頼区間 1.11, 1.67)

いずれも多くなっていました。

筋肉量減少で総死亡リスク36%高まることがわかりました。さらに、心血管死亡、がん死亡、呼吸器疾患死亡についても、リスクが高まる傾向がみられました。

これらの結果をまとめます。

サルコペニアのエビデンス(死亡リスク)

  • サルコペニアまたは骨格筋量が少ない人は、総死亡リスクが36~100%多くなる

  • 体重が重くなるにつれて、骨格筋量が少なさの影響を受けやすい

  • 心血管疾患、がん、呼吸器疾患いずれも多くなる傾向が認められた

予防する方法はあるのか?

サルコペニアのエビデンス(介入効果)

  • プロテインなどの栄養補給には効果がなかった

  • 運動に栄養補給を加えても、あまり効果がなかった

  • レジスタンス運動では身体機能改善がみられている

サルコペニアの人は総死亡リスクが高くなる、ということまではどうも確からしいようです。

それでは、すでにサルコペニアになっている人はどうしたらよいのでしょうか。
また、サルコペニアを予防する方法はあるのでしょうか。

いろいろ検索してみましたが、運動や栄養に関する小規模の研究が散見されます。
どの研究も筋肉量や筋力を評価する研究ばかりで、一部身体機能を評価した研究まではあります。
しかし、疾患発症や死亡を評価した、いわゆる「真のアウトカム」研究は見つかりませんでした。

プロテイン補給は効果がなかった

栄養単独では筋力の改善さえ難しいようです。プロテイン補給を検討した研究は多数あります。

系統的レビュー+メタ分析(Finger, 2015)
高齢者に対してレジスタンス運動にプロテイン補給を追加することよって筋肉量や筋力改善にはつながらなかった。

ランダム化比較試験(Björkman, 2020)
サルコペニアの高齢者にプロテイン補給を行っても筋力および身体機能改善はみられなかった。

系統的レビュー+メタ分析(Ye, 2023)
栄養補助食品は筋肉量や筋力には影響を及ぼさなかった。

いずれも効果なし、という結論は揺るぎないようです。

運動+栄養介入も効果はっきりしない

運動と栄養の併用で筋肉量や筋力改善がみられる研究もありますが、一定した結論にはなっていないようです。

ランダム化比較試験(Kim, 2012)
日本のサルコペニア高齢女性に運動とアミノ酸補給によって筋肉量、筋力、歩行速度が改善した。

系統的レビュー+メタ分析(Choi, 2021)
レジスタンス運動と栄養介入の併用しても、筋肉量、筋力、身体機能の改善はみられなかった。

系統的レビューでは効果がはっきりしない、という結論に。小規模研究ばかりで必ずしも質の高いものではなかった、という限界もあります。

レジスタンス運動が有効かもしれない

2023年7月、サルコペニアの中高年に対していろいろな治療を行うと身体機能が改善するのかを検討したネットワークメタ分析(Geng, 2023)が発表されました。

この研究では、①レジスタンス運動、②有酸素運動、③混合運動、④栄養、⑤レジスタンス運動と栄養の併用、⑥混合運動と栄養の併用、⑦電気刺激と栄養の併用、の7つの治療法について検討したランダム化比較試験を対象に系統的レビューし、30研究(対象2,485人)が採択されています。

抽出されたアウトカム指標は、appendicular skeletal muscle mass (ASMM)、the fat-free mass (FFM)、握力、歩行速度、という筋肉量・筋力の評価と、5-chair stand test (CST)、timed up and go (TUG)、という身体機能が評価されています。

ここでは身体機能の結果について取り上げます。

CSTは下肢の筋肉量、筋力、機能的パフォーマンスを評価するための簡便かつ正確な検査であるとされています。9研究で評価され、レジスタンス運動(平均差=-2.26、95%信頼区間 -4.40, -0.42)、レジスタンスと栄養の併用(平均差=-2.37、95%信頼区間 -4.73, -0.33)で統計学的に有意な改善がみられました。

TUGは簡便で結果の信頼性も高く、身体活動性を評価する有用な方法とされています。転倒リスクを予測する指標としても利用されています。6研究で評価され、レジスタンス運動(平均差=-1.69、95%信頼区間 -3.10, -0.38)、混合運動(平均差=-2.12、95%信頼区間 -3.59, -0.77)、レジスタンス運動と栄養の併用(平均差=-2.31、95%信頼区間 -4.26, -0.38)と統計学的に有意な改善がみられました。

Figure by Geng, used under CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

このように、レジスタンス運動は身体機能についてよい傾向がみられています。同様に筋肉量・筋力の改善もみられています。

サルコペニアに対する治療として、レジスタンス運動はやや有望ということかもしれません。

ここまでのエビデンスをまとめます。

サルコペニアのエビデンス(介入効果)

  • プロテインなどの栄養補給には効果がなかった

  • 運動に栄養補給を加えても、あまり効果がなかった

  • レジスタンス運動では身体機能改善がみられている

サルコペニアを健康問題にしない

最近のエビデンスから、骨格筋が少なくなったら栄養と運動で筋力をつければいい、という簡単な話ではなかったことがわかってきました。
科学的には、当たり前だと思ったことが正しくなかったということでしょう。
このような例は数え切れないほどありますね。

介入によって筋力や身体機能が改善したとしても、その先の効果がはっきりしません。
真のアウトカム研究の結果を待つ必要があります。

そもそも、サルコペニアって一体何でしょうか?
一つの健康問題としてではなく、廃用・老化・自然現象の過程としてとらえるおくべきかもしれません。

これは、ロコモティブ・シンドロームやフレイルにも同じことが言えるような気がします。

小さな医療

  • 骨格筋が少なくなったからといって、栄養と運動すれば回復できるという安易な問題ではなかった

  • サルコペニアを健康問題としてではなく、廃用・老化・自然現象の過程としてとらえるべきかもしれない

参考文献

Xu J, Wan CS, Ktoris K, Reijnierse EM, Maier AB. Sarcopenia Is Associated with Mortality in Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis. Gerontology. 2022;68(4):361-376. doi: 10.1159/000517099. Epub 2021 Jul 27. PMID: 34315158.

Wang Y, Luo D, Liu J, Song Y, Jiang B, Jiang H. Low skeletal muscle mass index and all-cause mortality risk in adults: A systematic review and meta-analysis of prospective cohort studies. PLoS One. 2023 Jun 7;18(6):e0286745. doi: 10.1371/journal.pone.0286745. PMID: 37285331; PMCID: PMC10246806.

byc. サルコペニア、死亡リスク57%高まる

Zhou HH, Liao Y, Peng Z, Liu F, Wang Q, Yang W. Association of muscle wasting with mortality risk among adults: A systematic review and meta-analysis of prospective studies. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2023 Aug;14(4):1596-1612. doi: 10.1002/jcsm.13263. Epub 2023 May 20. PMID: 37209044; PMCID: PMC10401550.

byc. 筋肉量減少で死亡リスク36%高まる

Finger D, Goltz FR, Umpierre D, Meyer E, Rosa LH, Schneider CD. Effects of protein supplementation in older adults undergoing resistance training: a systematic review and meta-analysis. Sports Med. 2015 Feb;45(2):245-55. doi: 10.1007/s40279-014-0269-4. PMID: 25355074.

Björkman MP, Suominen MH, Kautiainen H, Jyväkorpi SK, Finne-Soveri HU, Strandberg TE, Pitkälä KH, Tilvis RS. Effect of Protein Supplementation on Physical Performance in Older People With Sarcopenia-A Randomized Controlled Trial. J Am Med Dir Assoc. 2020 Feb;21(2):226-232.e1. doi: 10.1016/j.jamda.2019.09.006. Epub 2019 Nov 14. PMID: 31734121.

Ye H, Yang JM, Luo Y, Long Y, Zhang JH, Zhong YB, Gao F, Wang MY. Do dietary supplements prevent loss of muscle mass and strength during muscle disuse? A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Front Nutr. 2023 May 11;10:1093988. doi: 10.3389/fnut.2023.1093988. PMID: 37252241; PMCID: PMC10210142.

Kim HK, Suzuki T, Saito K, Yoshida H, Kobayashi H, Kato H, Katayama M. Effects of exercise and amino acid supplementation on body composition and physical function in community-dwelling elderly Japanese sarcopenic women: a randomized controlled trial. J Am Geriatr Soc. 2012 Jan;60(1):16-23. doi: 10.1111/j.1532-5415.2011.03776.x. Epub 2011 Dec 5. Erratum in: J Am Geriatr Soc. 2012 Mar;60(3):605. PMID: 22142410.

Choi M, Kim H, Bae J. Does the combination of resistance training and a nutritional intervention have a synergic effect on muscle mass, strength, and physical function in older adults? A systematic review and meta-analysis. BMC Geriatr. 2021 Nov 12;21(1):639. doi: 10.1186/s12877-021-02491-5. Erratum in: BMC Geriatr. 2022 Jun 28;22(1):531. PMID: 34772342; PMCID: PMC8588667.

Geng Q, Zhai H, Wang L, Wei H, Hou S. The efficacy of different interventions in the treatment of sarcopenia in middle-aged and elderly people: A network meta-analysis. Medicine (Baltimore). 2023 Jul 7;102(27):e34254. doi: 10.1097/MD.0000000000034254. PMID: 37417618; PMCID: PMC10328700.

byc. サルコペニア、レジスタンス運動が有効かもしれない

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■ 編集長
byc (bycomet) Editor, Director & Physician
2007年からブログやツイッターで活動を開始。ウェブマガジン「地域医療ジャーナル」(2015-2023年、有料会員数10,886人月)、オンラインコミュニティ「地域医療編集室」(2018-2022年、累積登録40人)を編集長として運営。2022年にはオンラインプラットフォーム「小さな医療」を開設。現在、登録会員数120人。
地域医療に携わる医師・編集長として、エビデンスに基づく医療の実践と情報発信をつづけています。

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あとがき

「サルコペニアで総死亡が2倍になる」という2022年の衝撃的な論文(Xu, 2022)を冒頭で紹介しました。

その結果にも驚いたのですが、この結論にはこのような記述があります。

Conclusion
Sarcopenia is associated with a significantly higher risk of mortality, independent of population, sarcopenia definition, follow-up period, and risk of bias. This stresses the need for early detection and diagnosis of sarcopenia in all populations to implement interventions preventing and treating sarcopenia in a timely manner.

サルコペニアは、集団、サルコペニアの定義、追跡期間、バイアスのリスクとは無関係に、有意に高い死亡リスクと関連している。このことは、サルコペニアを予防・治療する介入を適時に実施するために、すべての集団においてサルコペニアを早期に発見・診断する必要性を強調している。

総死亡リスクが高まることはわかりました。その結果から、著者らは早期診断の必要性を強調しています。

介入方法がないのに、スクリーニングして早期発見したほうがよいと!
もちろん、その根拠は書かれていません。まあ、存在しないですからね。

この点を専門家は査読で指摘できなかったのでしょうか?

介入研究の結果を眺めてくると、この結論はミスリードであるとわかります。
医療は同じ過ちを繰り返してきたではないでしょうか?

介入効果がはっきりしないうちに、スクリーニングはしないほうがよい。
これがぼくの主張です。

レター書こうかな。

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