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喀痰吸引のエビデンス―直感に惑わされない判断を

小さな医療への挑戦 -1-

Dr. bycomet

Dr. bycomet

気管内吸引の肺炎予防効果はあまり検証されてない反面、有害事象が多いとされています。
低侵襲・必要時のみの吸引でも効果は同じで有害事象が少なくなるという研究もあります。

SUMMARY While the effectiveness of endotracheal suctioning in preventing pneumonia is not well tested, adverse events are common. Some studies have shown that minimally invasive, as-needed suctioning has the same effect and fewer adverse events.

喀痰吸引にはどんな効果がありますか?

気管内吸引のエビデンス

  • 気管内吸引の肺炎予防効果ははっきりしない

  • 気管内吸引には有害事象が多い

  • 低侵襲・必要時のみの吸引でも効果は同じで、有害事象は少ない

喀痰吸引の必要性については、一般的に以下のように説明されています。

・喀痰が気道にたまって、気道を狭窄し、窒息や呼吸困難をきたす。
・気管カニューレの内部は繊毛がなく、喀痰が上がってきにくい。
・上気道内の喀痰を誤嚥すると、肺炎を引き起こし、さらに喀痰の量が多くなる(悪循環)

このため、吸引によって喀痰の排出を助ける必要がある

(文部科学省、厚生労働省資料を一部改変)

確かに、喀痰吸引は必要そうに思えます。

そこで、喀痰吸引の効果についての文献を調べてみました。検索してみると良質な研究は意外と少なく、まだ科学的検証が十分なされていない印象でした。

肺炎予防効果ははっきりしない

2003年のランダム化比較試験(Van de Leur, 2003)の序論には、先行研究についてこのような記述があります。

気管内吸引を定期的に行うことは有益であると考えられている。肺感染症の予防や気道開存の維持がその利点として挙げられている。しかし、これらの仮定を支持する臨床試験はほとんどない

一方、ルーチンの気管内吸引は望ましくない副作用をもたらすかもしれない。
・Stone [2] は、心臓手術後の患者26人の吸引中に心不全を観察した。
・Aldkofer [3]は、心臓手術後の64人の患者において、20mmHgの酸素濃度の低下を報告した。
・Eales [4]は、吸引後の酸素濃度の低下を12mmHgとした。
・Brown [5]は、22人の患者を対象とした医療集団において、4%以上の酸素欠乏が生じたと報告している。

吸引の肺炎予防や気道開存効果を検証した研究はないばかりか、気管内吸引によって弊害をもたらすとまで明記されています。(2003年時点)

このランダム化比較試験では、集中治療室(ICU)の患者に対する侵襲の少ない気道吸引の効果や害について検討されています。

ここでの低侵襲の吸引とは

・吸引カテーテルが気管に到達しない
・生理食塩水を注入しない
・手動による過膨張を行わない
・吸引は臨床的に必要な場合にのみ行う

など、できる限り非侵襲的な吸引方法となっています。

結果を確認しておきましょう。

ルーチン気管内吸引と低侵襲性気道吸引の間で、差は認められなかった。
・挿管期間(中央値[範囲]) 4 [1-75] 対 5 [1-101] 日
・ICU滞在(中央値[範囲]) 8 [1-133] 対 7 [1-221] 日
・ICU死亡率 15% 対 17%
・肺感染症の発症 14% 対 13%

吸引関連の有害事象は、低侵襲性気道吸引よりもルーチン気管内吸引でより頻繁に発生した。
・飽和度の低下 2.7% 対 2.0%(P=0.010)
・収縮期血圧の上昇 24.5% 対 16.8%(P<0.001)
・脈圧拍数の上昇 1.4% 対 0.9%(P<0.007)
・粘液中の血液 3.3% 対 0.9%(P<0.001)

挿管中のICU患者に対する低侵襲性気道吸引は、ルーチンの深部気管内吸引よりも副作用が少なく、挿管期間、滞在期間、死亡率の点で劣ることはないことが示された。

集中治療室に入院中の気管内挿管中の患者という条件下ですが、ランダム化比較試験では低侵襲性気道吸引にしても死亡率や肺炎発症の発症に差がなく、有害事象は少ないという結果でした。

気管内吸引は有害事象が多い

気管内吸引の有害事象については、このような報告(Maggiore, 2013)もあります。

酸素飽和度が最大30%低下する低酸素血症、不整脈、チアノーゼ、動脈圧の変化、呼吸器への病原体侵入の危険性、誤った抜管、頻繁ではないが死亡するケースもある。

機械的人工呼吸を行っている79人の患者を対象に、3ヶ月間で4,506回の気管内吸引処置における有害事象を記録。気管内吸引ガイドラインを導入して1年後に再度、68名の患者を対象に、3ヶ月間で4,994回の気管内吸引処置における有害事象を記録した、前後比較研究です。

ガイドラインは、前述の低侵襲性吸引のように負担の少ない吸引方法となっています。

ガイドライン導入前は

酸素飽和度が46.8%(吸引回数の6.5%)
出血性分泌物が31.6%(吸引回数の4%)
血圧変化が24.1%(吸引回数の1.6%)
心拍変化が10.1%(吸引回数の1%)

と有害事象は頻繁に発生していました。

ガイドライン導入後、すべての有害事象は59.5%→42.6%、吸引回数の12.4%→4.9%と、いずれも有意に少なくなっていました

気管内吸引は有害事象がしばしばみられること、吸引方法・吸引頻度・高いPEEPは有害事象の危険因子であると注意を呼びかけています。

吸引は必要な時だけでいい

小児集中治療室(PICU)の患者に必要な時だけ吸引すると、ルーチンの吸引と比較して予後が悪化するのかを検討したランダム化比較試験(Lema-Zuluaga, 2018)も発表されています。

必要時吸引の吸引タイミングはこのように定められています。

  • 酸素飽和度が90%未満(動脈飽和度低下)で、移動または脈波の消失に起因するものではなく、少なくとも1分間持続し、以前は正常な飽和度であった

  • 一回換気量が5mL/kg以下

  • 流量/時間曲線の変化や「のこぎり歯状パターン」

  • 呼吸パターンと人工呼吸器の非同期

  • 聞こえる、見える分泌物

主要評価項目は、低酸素血症・不整脈・偶発的抜管・心臓呼吸停止の合計となっています。

主要評価項目については、必要時吸引群 47%、ルーチン吸引群 55%に発生し、相対危険 0.84(95%信頼区間: 0.56-1.25)とほぼ同等。
気管内吸引処置回数でも、必要時吸引群 5.8%、ルーチン吸引群 7.4%、オッズ比 0.80(95%信頼区間: 0.5-1.3)とほぼ同等でした。

気管内吸引のエビデンス

  • 気管内吸引の肺炎予防効果ははっきりしない

  • 気管内吸引には有害事象が多い

  • 低侵襲・必要時のみの吸引でも効果は同じで、有害事象は少ない

直感が苦しめているかもしれない

いずれの研究も重症患者に対してでさえこの程度の効果。重症ではない患者に対する日常的な喀痰吸引の効果はさらに小さいかもしれません。(これは検証されていないため、根拠のない予測的観測となります。)
さらに、有害事象によるデメリットは効果を上回ってしまうでしょう。(これも検証されていないため、根拠のない予測的観測となります。)

「苦しそう」で「吸引できる」のなら「吸引したほうがいいはずだ」という直感が、逆に患者を「吸引によって苦しめてしまう」結果につながっていないでしょうか

喀痰は吸引しなければならない、という医療者の直感(確信)が一体どこから生まれたのかに興味はありますが、まずはこの直感から見直したほうがよいかもしれません。

どうしても喀痰吸引が必要という局面は多いことでしょう。無批判に吸引にこだわるのではなく、患者本人にとって本当に有益な処置なのか、デメリットを凌駕するのか、処置しなければどうなるのか(患者家族やスタッフは困らないか)などのはざまに悩みながら慎重に判断したいものです。

そして、その判断による帰結を引き受けることこそが医療者の役割である、と言えるでしょう。

小さな医療

  • 喀痰は吸引しなければならない、という直感による判断をいったん中止する

  • 喀痰吸引する・しないといういずれの選択も許容しながら、個別に必要性を悩みたい

参考文献

Van de Leur JP, Zwaveling JH, Loef BG, Van der Schans CP. Endotracheal suctioning versus minimally invasive airway suctioning in intubated patients: a prospective randomised controlled trial. Intensive Care Med. 2003 Mar;29(3):426-32. doi: 10.1007/s00134-003-1639-9. Epub 2003 Feb 8. Erratum in: Intensive Care Med. 2003 Jul;29(7):1798. PMID: 12577156.
https: pubmed.ncbi.nlm.nih.gov 12577156

Maggiore SM, Lellouche F, Pignataro C, Girou E, Maitre B, Richard JC, Lemaire F, Brun-Buisson C, Brochard L. Decreasing the adverse effects of endotracheal suctioning during mechanical ventilation by changing practice. Respir Care. 2013 Oct;58(10):1588-97. doi: 10.4187/respcare.02265. Epub 2013 Mar 6. Erratum in: Respir Care. 2013 Dec;58(12):e173. PMID: 23466423.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23466423/

Lema-Zuluaga GL, Fernandez-Laverde M, Correa-Varela AM, Zuleta-Tobón JJ. As-needed endotracheal suctioning protocol vs a routine endotracheal suctioning in Pediatric Intensive Care Unit: A randomized controlled trial. Colomb Med (Cali). 2018 Jun 30;49(2):148-153. doi: 10.25100/cm.v49i2.2273. PMID: 30104806; PMCID: PMC6084919.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30104806/

■ 編集長
byc (bycomet) Editor, Director & Physician
2007年からブログやツイッターで活動を開始。ウェブマガジン「地域医療ジャーナル」(2015-2023年、有料会員数10,886人月)、オンラインコミュニティ「地域医療編集室」(2018-2022年、累積登録40人)を編集長として運営。2022年にはオンラインプラットフォーム「小さな医療」を開設。現在、登録会員数120人。
地域医療に携わる医師・編集長として、エビデンスに基づく医療の実践と情報発信をつづけています。

■ 小さな医療 準備室|Discord(コミュニティ)

https://discord.com/invite/hqhYRV3PJm

■ 小さな医療|情報と人をゆるやかにつなぐプラットフォーム

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あとがき

吸引の指示を求められるとき、いつも複雑な心境になります。

吸引される患者さんの苦しそうな表情と、このようなエビデンスと、やや不衛生になりがちな吸引手技のため肺炎を繰り返した事例を思い出すからです。

今すぐ吸引してあげたい、という献身的な思いをどのように処理していくか。喀痰に対する代替手段が限られている中、吸引処置の判断ひとつであっても難しいなあ、と感じています。

byc

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