心筋梗塞やCOPDなどでは、酸素飽和度90%以上の人に酸素を投与しても予後効果はなく、無差別な酸素投与には害がある可能性も示唆されています。
循環器・呼吸器に影響のある重篤な疾患であっても、一律の酸素投与は慎むべきです。
Summary In myocardial infarction and COPD, there is no prognostic effect of administering oxygen to individuals with oxygen saturation of 90% or higher, suggesting that indiscriminate oxygen administration may be harmful. Even in the case of serious illnesses affecting the cardiovascular and respiratory systems, uniform administration of oxygen should be discouraged.
酸素飽和度が下がっているので?
「酸素飽和度が下がっているので、酸素が必要ですよね?」
こんな医療現場でのやりとりから、エビデンスを調べてブログ記事を書いたのは2017年のこと。
当時はまだまだ日常的な光景でした。
今でもまだどこかにそういった現場が残っているかもしれません。
いやむしろ、コロナ禍でパルスオキシメーターが普及したため、こんな場面が増えている可能性すらあります。
酸素療法について、新たな知見は発表されているでしょうか。順番にみていきます。
急性心筋梗塞に対する酸素
心筋梗塞(急性冠症候群)のエビデンス
心筋梗塞では酸素を投与しても予後改善効果がなく、むしろ害があるかもしれない
少なくとも酸素飽和度低下のない人(90%以上)には投与しないほうがよい
一律に酸素投与しないほうが全体として医療費削減につながる
空気に比べて死亡は同じで再発が多くなる
急性心筋梗塞発症者に対する酸素療法の効果を検討した研究は、ランダム化比較試験のメタ分析(Cabello, 2016)があります。
急性心筋梗塞を発症した患者(発症24時間以内)が酸素投与を受けると、空気のみの投与に比べて総死亡は少なくなるのかを検討したランダム化比較試験のメタ分析です。
結果の概要は以下のとおりです。
・5研究(1,173人、うち32人が死亡)の結果を統合。
・4週間以内の総死亡(4研究、1,123人)については、酸素投与群 16/553人、空気投与群 16/570人、リスク比 0.99(95%信頼区間 0.50, 1.95)とほぼ同等である。
・心筋梗塞が確定した患者に限定しても、4週間以内の総死亡(4研究、871人)のリスク比 1.02(95%信頼区間 0.52, 1.98)と同等である。
・4週間以内の心筋梗塞の再発(2研究、578人)については、リスク比 1.67(95%信頼区間 0.94, 2.99)と、酸素投与群で多い傾向がみられた。
酸素は空気と同等、つまり酸素に効果はみられませんでした。
さらに、心筋梗塞の再発については酸素投与群で67%多い傾向がみられており、害があるかもしれないという懸念が残る結果です。
著者らは、急性心筋梗塞を発症した患者に一律酸素投与を行うことを支持するエビデンスはなく、害作用も否定できない、と主張しています。
それぞれの研究自体の質が低く、小規模であることから、まだまだこれからの研究次第では風向きが変わる可能性があります。
これ以降、メタ分析などがいくつか発表されています。代表的な研究を挙げてみます。
2017年のメタ分析でも同じ結論
急性心筋梗塞を発症した患者が酸素療法を受けると、短期間の総死亡や心筋梗塞の再発率は少なくなるかを検討したランダム化比較試験のメタ分析(Fu, 2017)があります。
結果の概要は以下のとおりです。
・5件のランダム化比較試験が採用
・酸素投与群は総死亡の減少みられず(相対危険 1.08、95%信頼区間 0.31, 3.74)
・酸素投与群は心筋梗塞の再発率が増加(相対危険 6.73、95%信頼区間 1.80, 25.17)
・酸素投与群は不整脈(相対危険 1.12、95%信頼区間 0.91, 1.36)や疼痛(相対危険 0.97、95%信頼区間 0.91, 1.04)の減少みられず
酸素療法は酸素飽和度が正常な急性心筋梗塞患者には効果なく、心筋梗塞の再発を増やす可能性があるとの結論になっています。
2018年のメタ分析でも同じ結論
急性心筋梗塞を発症した患者(発症24時間以内)に対する酸素療法について、酸素療法なしに比べた効果を検討したランダム化比較試験のメタ分析(Li, 2018)があります。
結果の概要は以下のとおりです。
・6件のランダム化比較試験が採用
・総死亡は同等(プールリスク比 1.06、95%信頼区間 0.56, 2.02)
・心筋梗塞再発はやや多い傾向(プールリスク比 1.57、95%信頼区間 0.88, 2.80)
・疼痛は同等(プールリスク比 0.97、95%信頼区間 0.82, 1.14)
同様に、酸素飽和度低下のない人については、酸素療法の効果はないという結果となっています。
酸素飽和度90%以上では効果なし
酸素飽和度が正常(90%以上)の急性心筋梗塞患者に対して、6L/分の酸素投与を6~12時間行うと、空気投与に比べて総死亡・心筋梗塞による再入院・心不全の複合イベントが少なくなるのか、を検討したランダム化比較試験(James, 2020)があります。
結果の概要は以下のとおり。
・6,629人を2群に割り付け
・心筋梗塞が確認された患者5,010人をベースラインの酸素飽和度によって低正常(90%〜94%)と高正常(95%〜100%)に分けて検討
・総死亡・心筋梗塞による再入院・心不全は、低正常群 17.3%、高正常群 9.5%(低酸素血症23.6%)
・ベースラインの酸素飽和度にかかわらず、酸素投与は空気と比較して複合イベント発生は同等であった(p=0.79)
酸素飽和度90%以上では酸素投与の効果なかった、という結果です。
急性冠症候群疑いに一律酸素投与しても死亡は同じ
急性冠症候群疑いの患者に、酸素飽和度にかかわらずフェイスマスクによる6~8L/分の酸素投与を行う(高酸素群)と、SpO2が90%未満の場合にのみSpO2 95%を目標とした酸素投与を推奨(低酸素群)に比べて30日間の総死亡は少なくなるか、を検討したクラスターランダム化比較試験(Stewart, 2021)があります。
4つの地域を6か月ごとに治療群を割り付けて実施しています。結果の概要は以下のとおりです。
・対象は40872人。高酸素群は20304人、低酸素群は20568人。
・30日間の総死亡は高酸素群で613人(3.0%)、低酸素群で642人(3.1%)
・オッズ比 0.97(95%信頼区間 0.86, 1.08)
急性冠症候群疑い患者に一律酸素投与しても、総死亡は同等という結果でした。
他にも、酸素飽和度低下のない心筋梗塞患者に対する一律の酸素投与は医療費増加につながる、とのスウェーデンの医療経済分析(Hofmann, 2022)が発表されています。
ここまでわかっていることをまとめます。
心筋梗塞(急性冠症候群)のエビデンス
心筋梗塞では酸素を投与しても予後改善効果がなく、むしろ害があるかもしれない
少なくとも酸素飽和度低下のない人(90%以上)には投与しないほうがよい
一律に酸素投与しないほうが全体として医療費削減につながる
ここまではあまり議論の余地なく、一斉に酸素投与しない方向になだれこんでいる印象です。
急性冠症候群ガイドライン(2018年)
ガイドラインは2018年に改訂されています。以下の記述が確認できます。
「ST 上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン (2013 年改訂版)」では、すべての STEMI 患者に対する来院後 6 時間の酸素投与は、クラス IIa、エビデンスレベル C で推奨されていた。しかし最近の報告では、低酸素血症のない患者への酸素投与の有効性は否定されている。
低酸素血症、心不全やショックの徴候がある場合には酸素投与を開始すべきであるが、ルーチンの酸素投与は推奨されない。
酸素投与の必要性を判断するために、来院時ただちに酸素飽和度をモニタリングする。酸素飽和度が不明な場合の酸素投与については禁止されるものではなく、AMI 発症後、経過中の状態によって低酸素状態が発生するリスクのある場合には酸素投与を行う。
研究結果を反映したガイドライン改訂がすでに行われています。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)に対する酸素
COPDのエビデンス
重度の低酸素血症のあるCOPDに対して、長期酸素療法は生存率を改善する
酸素飽和度89%以上のCOPDに対しては、予後(死亡・入院)を改善しない
この領域の主要論文では、2005年のコクランメタ分析(Cranston, 2005)までさかのぼります。
重度の患者以外には生存率改善効果なし
COPD患者に在宅酸素療法を行うと、生存率やQOLが改善するかを検討したランダム化比較試験のメタ分析(Cranston, 2005)があります。検索は2005年1月時点。
結果の概要は以下のとおりです。
・6件のランダム化比較試験が採用
・持続的酸素療法と夜間酸素療法の比較では、24ヵ月後の死亡率に有意な改善(Petoオッズ比0.45、95%信頼区間0.25~0.81)
・在宅酸素療法と酸素療法なしの比較では、酸素療法を受けた群で5年間の死亡率に有意な改善(Petoオッズ比0.42、95%信頼区間0.18~0.98)
・夜間酸素療法と酸素療法なしの比較では、治療群と非治療群の死亡率は同等
・軽度から中等度の低酸素血症を有するCOPD患者における長期酸素療法と酸素療法なしの比較では、3年の生存率は同等
重度の低酸素血症(動脈のPaO2が55mmHg未満)を有するCOPD患者においては、長期在宅酸素療法は生存率を改善しますが、軽度から中等度の低酸素血症の患者や夜間の酸素飽和度低下のみの患者では生存率は同等という結果です。
酸素飽和度89%以上では効果なし
安静時の酸素飽和度低下(89-93%)または運動時の酸素飽和度低下がみられる慢性閉塞性肺疾患(COPD)の人が、長期の酸素投与を受けると、酸素投与を受けない人に比べて、死亡または最初の入院までの期間は長くなるか(time-to-event analysis, 生存時間分析)を検討したランダム化並行群間比較試験(Albert, 2016)があります。
結果の概要は以下のとおりです。
・738人のCOPD患者のうち、133人(18%)が安静時酸素飽和度低下、319人(43%)が運動時酸素飽和度低下、286人(39%)がその両者
・追跡期間は1-6年
・死亡・入院 酸素群 250人/370人(36.4/100人年)、酸素なし群 248人/368人(34.2/100人年)
・生存時間分析ではハザード比 0.94(95%信頼区間 0.79, 1.12)とほぼ同等
酸素飽和度89%以上では、酸素投与しても死亡・入院には差がないという結果でした。
これ以降、あまり目新しい論文はなさそうでした。
COPDのエビデンス
重度の低酸素血症のあるCOPDに対して、長期酸素療法は生存率を改善する
酸素飽和度89%以上のCOPDに対しては、予後(死亡・入院)を改善しない
重篤な患者に対する酸素
重篤な患者のエビデンス
低酸素血症のない患者への酸素投与が有効であることを示した研究はない
一律の酸素投与は高酸素血症を引き起こし、総死亡を増加させる懸念がある
低いPaO2値を目標にしても、臓器障害などの予後は悪化しない
他に、重篤な患者を対象とした研究がいくつか発表されています。
ICUやERでの酸素投与にも効果なし
集中治療室や救急治療室の患者に酸素投与を行うと、総死亡などの予後が改善するのかを検討したランダム化比較試験のレビュー(Grensemann, 2018)があります。
結果の概要は以下のとおりです。
・13のランダム化比較試験(参加者 17,213人)が採用
・COPD、心筋梗塞、心肺蘇生後、脳卒中、集中治療患者を対象とした研究
・COPDおよび集中治療患者では、高酸素血症より正常酸素血症のほうが総死亡が少ない
・心筋梗塞では総死亡は同等
・脳卒中患者に関しては酸素投与の効果・害は明らかではない
・低酸素血症のない患者への酸素投与が有効であることを示した研究はない
心血管疾患などいろいろな疾患の研究が採用されています。一律の酸素投与は高酸素血症を引き起こし、総死亡を増加させる懸念があると指摘されています。
低酸素血症でも予後悪化なし
全身性炎症反応症候群(SIRS)の重症患者に対して、動脈血酸素分圧(PaO2)目標値を8~12kPa(60~90mmHg)に設定して治療すると、14~18kPa(105~135mmHg)に比べて臓器障害の転帰は改善するのかを検討した、ランダム化比較試験(Gelissen, 2021)があります。
主要評価項目はSOFARANK。
SOFARANKとは、Sequential Organ Failure Assessment(SOFA)スコアのうち、非呼吸器不全構成要素により定量化された転帰で、試験開始後14日間の合計値で評価され、最も早く臓器不全が改善したもの(最低点)から、臓器不全の悪化または死亡(最高点)にランク付けされました。
結果の概要は以下のとおりです。
・無作為化された574例のうち、400例(70%)が24時間以内に登録
・年齢中央値68歳、女性35%
・SOFARANKスコアの中央値は、低PaO2群で-35点、高PaO2群では-40点(差中央値 10、95%信頼区間 0~21)
・機械換気の期間中央値(3.4日 vs 3.1日)や院内死亡率(32% vs 31%)は同等
低いPaO2目標値の治療でも、呼吸器以外の臓器障害の転帰が悪化することはありませんでした。
重篤な患者のエビデンス
低酸素血症のない患者への酸素投与が有効であることを示した研究はない
一律の酸素投与は高酸素血症を引き起こし、総死亡を増加させる懸念がある
低いPaO2値を目標にしても、臓器障害などの予後は悪化しない
これまでの常識が誤りになるとき
かつて、「酸素飽和度が低下したら、まずは酸素投与を考慮する」という医療行為は、なかば常識的に行われていました。
2016年頃までに、この医学的常識が覆るという事態が発生しました。
常識的な医療行為が誤りになる、これは歴史的なできごとでしょう。
しかし、当時それほど話題にはなりませんでした。
酸素が不足しているなら酸素を補えばいい、という簡単なことではなかったのです。
この歴史をふりかえり、常識にとらわれずに、常識を疑い、最新の医学論文を追いかけることの重要性をあらためて確認しました。
小さな医療
酸素が不足しているなら酸素を補えばいい、という簡単なことではない
常識を疑い、最新の医学論文を追いかけよ
参考文献
bycomet. ただ酸素を与えればいいのか? 地域医療日誌. 2017-04-11
Cabello JB, Burls A, Emparanza JI, Bayliss SE, Quinn T. Oxygen therapy for acute myocardial infarction. Cochrane Database Syst Rev. 2016 Dec 19;12(12):CD007160. doi: 10.1002/14651858.CD007160.pub4. PMID: 27991651; PMCID: PMC6463792.
Fu S, Lv X, Fang Q, Liu Z. Oxygen therapy for acute myocardial infarction: A systematic review and meta-analysis. Int J Nurs Stud. 2017 Sep;74:8-14. doi: 10.1016/j.ijnurstu.2017.04.005. Epub 2017 Apr 17. PMID: 28595112.
Li WF, Huang YQ, Feng YQ. Oxygen therapy for patients with acute myocardial infarction: a meta-analysis of randomized controlled clinical trials. Coron Artery Dis. 2018 Dec;29(8):652-656. doi: 10.1097/MCA.0000000000000659. PMID: 30260807.
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Hofmann R, Abebe TB, Herlitz J, James SK, Erlinge D, Alfredsson J, Jernberg T, Kellerth T, Ravn-Fischer A, Lindahl B, Langenskiöld S; DETO2X-SWEDEHEART Investigators. Avoiding Routine Oxygen Therapy in Patients With Myocardial Infarction Saves Significant Expenditure for the Health Care System-Insights From the Randomized DETO2X-AMI Trial. Front Public Health. 2022 Jan 12;9:711222. doi: 10.3389/fpubh.2021.711222. PMID: 35096723; PMCID: PMC8790120.
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Cranston JM, Crockett AJ, Moss JR, Alpers JH. Domiciliary oxygen for chronic obstructive pulmonary disease. Cochrane Database Syst Rev. 2005 Oct 19;2005(4):CD001744. doi: 10.1002/14651858.CD001744.pub2. PMID: 16235285; PMCID: PMC6464709.
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※情報収集にはAI医療情報検索ツールを活用しています。
■ 編集長
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2007年からブログやツイッターで活動を開始。ウェブマガジン「地域医療ジャーナル」(2015-2023年、有料会員数10,886人月)、オンラインコミュニティ「地域医療編集室」(2018-2022年、累積登録40人)を編集長として運営。2022年にはオンラインプラットフォーム「小さな医療」を開設。現在、登録会員数120人。
地域医療に携わる医師・編集長として、エビデンスに基づく医療の実践と情報発信をつづけています。
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あとがき
心筋梗塞ガイドラインについて、少し補足します。
旧版(日本循環器学会, 2013)はどのように記載されていたのか、興味があって調べてみました。
標準的初期治療
3.1 酸素
クラス I
・肺うっ血や動脈血酸素飽和度低下(94%未満)を認める患者に対する投与. レベル B
クラス IIa
・すべての患者に対する来院後 6 時間の投与. レベル C酸素投与により虚血心筋傷害が軽減される可能性が報告されており 158),また合併症のない心筋梗塞患者でも初期には換気血流不均衡や肺の液体貯留などが原因で軽度の低酸素状態にある場合があることから 159),緊急治療開始から最初の 6 時間は全例で酸素投与が勧められる.通常は経鼻カニューレまたはフェイスマスクにより 100 %酸素を 2~5 L/ 分で開始する.重篤な慢性閉塞性肺疾患の患者では,酸素投与により CO2 ナルコーシスをきたす可能性があり,低流量から慎重に投与する.また,高度の肺うっ血や肺水腫,機械的合併症により,低酸素血症が高度な場合は気管挿管を行い人工呼吸管理とする.非侵襲的陽圧換気療法は心原性急性肺水腫に対する有効性の報告を認めるが,急性心筋梗塞に対しての安全性と有効性について一定した見解は得られていない.
ここまでは全例で酸素投与が推奨されていました。
改訂版(日本循環器学会, 2018)はこのような記載になっています。
2.1 酸素吸入
最近の報告では,低酸素血症のない患者への酸素投与の有効性は否定されている 230–233, 504).低酸素血症,心不全やショックの徴候がある場合には酸素を投与すべきであるが,ルーチンの酸素投与は推奨されない.
有効性は否定されている、ルーチンの酸素投与は推奨しない、との記載でした。
酸素投与による弊害についての言及はなく、一律酸素投与の推奨が誤りであったことに触れた記述は見あたりません。
まあ、そんなものでしょう。
ぼくはここに違和感を覚えました。
「新たなエビデンスが発表され、過去の推奨を変更しました。これからは新しいガイドラインでやってください。」
この記述には、あまりにも冷淡で非人間的な印象を受けたのです。
学会が公式に発表する診療ガイドラインであるからこそ、もう少し倫理的な配慮はできないものでしょうか。
もちろん、科学とは過去の知見の誤りを認め、新たな知見を受け入れていくものです。だからといって、過去の過ちを反省しなくてもよい、ということではないはずです。
いやむしろ、医療には過去の反省や評価が欠落しているのかもしれません。
これはこのガイドラインそのものの課題ではなく、医療やその基盤となるアカデミック・ソサエティの本質的な課題であると感じます。
こうした些細な部分から科学(エビデンス)の冷酷さが表面化してしまうという、ありがちな典型的事例のひとつと言えるでしょう。
エビデンスとは学術的権威が論理的に記述するものだ、という科学的姿勢は、これからも医療をさらに冷酷なものにしていくはずです。
byc